哲学・思想専攻では研究紀要として『哲学・思想論集』を毎年度一回発行しています。執筆者は原則として哲学・思想専攻の教員で、編集委員会の責任で審査された哲学・思想に関する論文が掲載されています。

以下に掲げるのは『哲学・思想論集』第1号から最新号までの目次です(第1号から第6号までの名称は『筑波大学哲学・思想学系論集』でしたが、第7号から『哲学・思想論集』に名称を変更しています)。第24号以降に関しては、筑波大学附属図書館のこちらのサイトで全文を読むことができます。

第39号 平成25年度(2013年度)

念仏? 伊藤益 一〜一五頁
真理表の哲学
──意味と真理と論理に関するラッセル的、ウィトゲンシュタイン的、ラムジー的考察(六)──
橋本康二 一七〜五八頁
フェイクが生み出す真正性
──青森県新郷村「キリストの墓」の聖地観光──
岡本亮輔 五九〜七七頁
モンテーニュ『エセー』とデカルト『方法序説』とにおける「世界という書物」に関する哲学史的解釈学の試み 津崎良典 pp. 85-108
カント倫理学における道徳的動機づけの問題 千葉建 pp. 73-84
選択と自由
──カントにおける悪の根拠──
檜垣良成 pp. 57-71
メガシティ・ジャカルタにおける「宗教と環境」についての調査に関する一考察 木村武史 pp. 35-56
一頭のカモシカが一頭の虎を見たら
──O.S.Wauchope における「主観」の復権──
五十嵐沙千子 pp. 19-33
アンセルムスと二つの神学世界 桑原直己 pp. 1-17

第38号 平成24年度(2012年度)

真理表の哲学
──意味と真理と論理に関するラッセル的、ウィトゲンシュタイン的、ラムジー的考察(五)──
橋本康二 一〜四〇頁
帝国の牧師、聖地にて落涙す
──明治期プロテスタンティズムと宗教ツーリズム──
岡本亮輔 四一〜五八頁
デカルトの往復書簡をめぐって ジュリア・ベルジョイオーゾ / 津崎良典[訳] pp. 71-103
Kant und der Rationalismus : Die Realitat der Erkenntnis aus der reinen Vernunft Higaki, Yoshishige pp. 61-70
逃げ道
──ハイデガーの閾──
五十嵐沙千子 pp. 49-59
エックハルトの「神秘主義」と説教・霊的指導の言語 桑原直己 pp. 33-47
感覚のパラドックスと私的言語を巡るウィトゲンシュタインの思想 鬼界彰夫 pp. 1-31

第37号 平成23年度(2011年度)

青年カントと中国哲学
──ビルフィンガーの中国哲学観を背景として──
井川義次 一〜一四頁
J.ヒックの自由意志論
──神経科学の挑戦に対する一応答──
保呂篤彦 一五〜三一頁
真理表の哲学
──意味と真理と論理に関するラッセル的、ウィトゲンシュタイン的、ラムジー的考察(四)──
橋本康二 三三〜六八頁
場所の再表象
──宗教ツーリズム論からみたパワースポット──
岡本亮輔 六九〜八五頁
チベット撰述の『現観荘厳論』諸註釈に見られる弥勒観
──プトゥンからジャムヤンシェーパまで──
根本裕史 pp. 87-109
幸福と自尊心
──カント倫理学と現代──
檜垣良成 pp. 69-85
The Biographical Essay of John A. Gibson (1850-1912), the Seneca Chief of the Six Nations Reserve, Ontario, Canada Kimura, Takeshi pp. 33-67
私は多くの兵隊を 五十嵐沙千子 pp. 17-31
トマス・アクィナス『ボエティウス「三位一体論」註解』の意義 桑原直己 pp. 1-16

第36号 平成22年度(2010年度)

J.Z.スミスのエリアーデ批判について 木村武史 一〜二〇頁
真理表の哲学
──意味と真理と論理に関するラッセル的、ウィトゲンシュタイン的、ラムジー的考察(三)──
橋本康二 二一〜六〇頁
ギェルツァプジェ・タルマリンチェンの推理論
──『解脱道解明』研究の覚え書き──
根本裕史 pp. 89-119
バウムガルテンの欲求能力論
──カント哲学のコンテクストとしての──
檜垣良成 pp. 71-87
Pramanavarttikalamkara, Pararthanumana 章の研究
──校訂テクストと和訳・訳註 (7)──
小野基 pp. 41-69
「精神」について
──デリダのハイデガー──
五十嵐沙千子 pp. 17-40
『神学大全』第三部研究序説
──キリスト論の問題を中心に──
桑原直己 pp. 1-15

第35号 平成21年度(2009年度)

必然的な自由とは何か 高尾由子 一〜一三頁
真理表の哲学
──意味と真理と論理に関するラッセル的、ウィトゲンシュタイン的、ラムジー的考察(二)──
橋本康二 一五〜三六頁
「根本悪」の普遍性
──カントによるその「論証」──
保呂篤彦 三七〜七一頁
啓蒙と先入見
──1780年ベルリン・アカデミー懸賞問題からみたカントの啓蒙論──
千葉健 pp. 129-141
Reinheit des Bewegungsgrundes bei Kant 檜垣良成 pp. 123-128
博物館の椅子
──ハイデガーにおける「歴史性」──
五十嵐沙千子 pp. 111-121
人間観とその表現
──西洋における「小宇宙」の概念をめぐって──
リアナ・
トルファシュ
pp. 87-110
宗教研究の射程確認
──ひとつの糸口としてのケン・ウィルバー──
津城寛文 pp. 71-86
ライプニッツ、マルブランシュ、ベール
──力と魂──
谷川多佳子 pp. 53-69
インド瑜伽行派諸論師の系譜に関する若干の覚え書き
──弥勒・無着・世親──
佐久間秀範 pp. 17-51
クレルヴォーのベルナルドゥスにおける「息子」と「花嫁」
──『神を愛することについて』と『雅歌説教』──
桑原直己 pp. 1-16

第34号 平成20年度(2008年度)

真理表の哲学
──意味と真理と論理に関するラッセル的、ウィトゲンシュタイン的、ラムジー的考察──(一)
橋本康二 一〜三六頁
Vasubandhu’s relationship to the Mahāyānasūtrālaṃkārabhāṣya and Laṅkāvatārasūtra based on citations in the Vyākhyāyukti 堀内俊郎 pp. 101-108
Zhang Thang sag pa’s reevaluation of Buddhapālita’s statement of consequence (prasaṅga) 吉水千鶴子 pp. 81-99
境界線 五十嵐沙千子 pp. 65-80
原型に対する二つの見方
──ディオニシオス文書とユング──
リアナ・
トルファシュ
pp. 39-63
死者の位置づけ
──比較宗教学と近代スピリチュアリズムの間──
津城寛文 pp. 17-37
キリシタン時代における日本のイエズス会学校教育 桑原直己 pp. 1-16

第33号 平成19年度(2007年度)

主体と空間の表象
──人間、エクリチュール、魂と経験
谷川多佳子 一〜三四頁
自然そして自由 高尾由子 三五〜四七頁
啓蒙と愛国
──カント啓蒙論をめぐる政治と宗教との関係について──
千葉建 四九〜六四頁
瑜伽行派におけるウダーナとニダーナ
──十二分教と三蔵の包摂関係から──
堀内俊郎 pp. 99-112
どこに?
──ポストモダンにおける公共性の在処──
五十嵐沙千子 pp. 87-97
Christian Wolff and Neo-Confucianism: Relating with Ratio in Chinese Philosophy 井川義次 pp. 79-86
Pramāṇavārttikālaṃkāra, Parārthānumāna 章の研究
──校訂テクストと和訳・訳注──(6)
小野基 pp. 49-78
トマス・アクィナスにおけるカリタス理論のキリスト教的意味について 桑原直己 pp. 31-47
『サーンキヤ・カーリカー』を根拠とする意識→成所作智、五識→妙観察智の正当性 佐久間秀範 pp. 23-30
長崎カトリック教会群とツーリズム 山中弘 pp. 1-22

第32号 平成18年度(2006年度)

変容される過去
──大島康正『時代区分の成立根拠』に即して──
伊藤益 一〜二四頁
神話語りの芸術的表象
──ハイダの芸術家ビル・リードに見られる二重の他者性と先住民性──
木村武史 二五〜四二頁
インド・チベット中観思想史の再構築へむけて
  『中観明句論註釈』第一章の写本研究始動
吉水千鶴子 pp. 73-114
「使徒的生活」を求めて
──11・12世紀の隠修士運動──
桑原直己 pp. 57-72
Pramāṇavārttikālaṃkāra, Parārthānumāna 章の研究
──校訂テクストと和訳・訳注──(5)
小野基 pp. 37-56
Medieval Islamic References to Indian Buddhism Kazuko SHIOJIRI pp. 29-35
『瑜伽師地論』に見られる成仏の可能性のない衆生 佐久間秀範 pp. 1-27

第31号 平成17年度(2005年度)

ヘーゲル『論理の学』における真なる無限性の概念 竹村喜一郎 一〜三四頁
ライプニッツとスピノザ
──バロック、実体、魂
谷川多佳子 三五〜六五頁
コミュニケーションをめぐる闘争
──アクセル・ホネットにおける承認の道徳とその認識論的基礎について──
千葉建 六七〜八一頁
エーベルハルトの論理的真理 檜垣良成 pp. 63-82
似像モデルのパズル
──『パルメニデス』132c-133a──
久保徹 pp. 53-62
Pramāṇavārttikālaṃkāra, Parārthānumāna 章の研究
──校訂テクストと和訳・訳注──(4)
小野基 pp. 35-51
初期修道制における「独住」と「共住」の問題について 桑原直己 pp. 17-33
瑜伽行派の実践理論が教義理論に変わる時 佐久間秀範 pp. 1-15

第30号 平成16年度(2004年度)

実存論的主体の他者論的転回
──K・レーヴィット『共同的人間の役割における個人』──
河上正秀 一〜一四頁
遠近法・視覚・主体
──デカルト、ラカン、メルロ=ポンティ、そしてライプニッツをめぐって──
谷川多佳子 一五〜四一頁
『春秋左氏伝』比事属辞 中村俊也 四三〜六〇頁
王岱輿について 堀池信夫 六一〜七九頁
持続可能学・学融合・宗教誌 木村武史 八一〜一〇五頁
ラムジーと真理の余剰説 橋本康二 一〇七〜一三三頁
Pramāṇavārttikālaṃkāra, Parārthānumāna 章の研究
──校訂テクストと和訳・訳注──(3)
小野基 pp. 17-40
『神学大全』における「神の像」について 桑原直己 pp. 1-16

第29号 平成15年度(2003年度)

ヘーゲル論理学始元の哲学的内包 竹村喜一郎 一〜三〇頁
徐敬徳「太虚」論試探 堀池信夫 三一〜五四頁
「愛」の哲学
──田辺元『キリスト教の辯證』試論──
伊藤益 五五〜七七頁
道家思想における「知ることと存在の同一」をめぐって リアナ・
トルファシュ
七九〜一〇一頁
ベルクソンにおける「図式」と根源的統一性(3) 永野拓也 pp. 83-100
Pramāṇavārttikālaṃkāra, Parārthānumāna 章の研究
──校訂テクストと和訳・訳注──(2)
小野基 pp. 61-82
トマス・アクィナスにおける「兄弟的矯正 correctio fraternaについて 桑原直己 pp. 45-60
A New Possible Approach to Information Society:
  Where Do the “Imaginative” Objects and the “Real” Objects Meet Together?
仲田誠 pp. 31-44
Cosmology of Bāqillānī ── Development of Atomistic Ontology in Sunnite Theology 塩尻和子 pp. 23-30
ウィトゲンシュタインの数学の哲学
──私の最終講義──
藤田晋吾 pp. 1-21

第28号 平成14年度(2002年度)

ヘーゲル目的論の視角と意想 竹村喜一郎 一〜三二頁
田辺哲学──その実践論的性格── 伊藤益 三三〜七七頁
「宗教の自然学」に向けて 木村武史 七九〜一一二頁
ベルクソンにおける「図式」と根源的統一性(2) 永野拓也 pp. 117-136
神のオントローギッシュな証明に対するカントの批判の再検討
──「純粋理性批判」における議論の前提に関する問題──
檜垣良成 pp. 101-116
Pramāṇavārttikālaṃkāra, Parārthānumāna 章の研究
──校訂テクストと和訳・訳注──(1)
小野基 pp. 67-99
自然本性の自己超越
──トマス・アクィナスにおける人間観の骨格──
桑原直己 pp. 49-65
多元的世界とインターネット
──デジタル・デバイド論の批判を中心に──
仲田誠 pp. 29-48
Cosmology of al-Ash‘arī: Introduction of Atomistic Ontology into Sunnite Kalām 塩尻和子 pp. 17-28
相補性の論理的定式化
──整合的歴史アプローチについて──
藤田晋吾 pp. 1-16

第27号 平成13年度(2001年度)

実存から他者へ──レヴィナス、デリダのキルケゴール読解 河上正秀 一〜一七頁
ヘーゲル推理論の存在論的視角と構造 竹村喜一郎 一九〜五二頁
世俗化論とイギリス宗教史 山中弘 五三〜七四頁
プロティノスとアブー・フザイルの「一者論」
──新プラトン主義とイスラーム神学
塩尻和子 七五〜九六頁
自己否定の思想
──高橋和巳『散華』論──
伊藤益 九七〜一一四頁
<出来事>と<記憶>──聖伝の解釈学的循環── 宮本要太郎 一一五〜一三〇頁
「風景」と世界像──奥武(青)の風景の再解釈 平良直 一三一〜一五一頁
ヘーゲルのニヒリズム概念
──「絶対無の認識」と「絶対知」──
鈴木覚 一五三〜一六九頁
ベルクソンにおける「図式」と根源的統一性(1) 永野拓也 pp. 61-79
経験的には等値であるが、論理的には両立しえない諸理論について 中村正利 pp. 37-60
全体的人間と脱情報社会の思想(その1)
──「神話」の形成と崩壊──
仲田誠 pp. 17-35
ウィトゲンシュタインとスラッファ 藤田晋吾 pp. 1-16

第26号 平成12年度(2000年度)

キルケゴールと倫理──戦後日本の受容史断面 河上正秀 一〜一五頁
ヘーゲル論理学における認識了解(2) 竹村喜一郎 一七〜三八頁
真理対応説の再検討
──真理と対応(一)──
橋本康二 三九〜六〇頁
『日本書紀』における聖徳太子
──そのヒストリオグラフィカル・イメージ──
宮本要太郎 六一〜八〇頁
絶対者の深淵とは何か
──ヘーゲルのニヒリズム──
鈴木覚 八一〜九七頁
カルナップとクワイン
──何が争点だったのか──
中村正利 pp. 81-100
デカルト『規則論』における数学の懐疑 名須川学 pp. 67-80
トマス・アクィナスにおける愛(アモル)に関する理論の構造 桑原直己 pp. 53-66
想像力によるメディア論 仲田誠 pp. 31-52
Understanding of Trinity in ‘Add al-Jabbār Kazuko SHIOJIRI pp. 19-29
置塩理論の再検討
──転形問題論争史論(4)──
藤田晋吾 pp. 1-18

第25号 平成11年度(1999年度)

ヘーゲル論理学における認識了解(1) 竹村喜一郎 一〜二四頁
曲折の思想
──伊勢物語の「みやび」──
伊藤益 二五〜五二頁
デフレーション的真理論と実質的真理論 橋本康二 五三〜七七頁
生活世界とその主題化
──自然的態度から超越論的態度へ──
鈴木康文 七九〜九四頁
ヘーゲル哲学におけるヤコービ 鈴木覚 九五〜一一六頁
デカルト『音楽提要』における spiritus について
──平松批判を検討する──
名須川学 pp. 77-97
MIRCEA ELIADE AND THE TOTAL HERMENEUTICS OF THE HISTORY OF RELIGIONS 宮本要太郎 pp. 65-75
トマス・アクィナスにおける親和的認識について 桑原直己 pp. 49-64
合理的災害・神話的災害
──災害観と人間観──
仲田誠 pp. 31-47
転形問題の終わり
──転形問題論争史論(3)──
藤田晋吾 pp. 1-29

第24号 平成10年度(1998年度)

近代日本のキリスト教における初期「聖霊派」について
──聖潔の教理を中心に──
池上良正 一〜三〇頁
カントの「理性信仰」に関する考察(一)
──「最高善」の概念をめぐって──
木村勝彦 三一〜五二頁
存在論的転回と多重関係理論
──中期ラッセル哲学の研究(一)──
橋本康二 五三〜八八頁
フッサールにおける人格の問題
──自然と精神の間で──
鈴木康文 八九〜一〇九頁
「モノ的人間観」と情報社会論 仲田誠 pp. 29-44
スラッファの沈黙
──転形問題論争史論(2)──
藤田晋吾 pp. 1-27

第23号 平成9年度(1997年度)

「逆対応」の宗教哲学
──西田幾多郎における「絶対者」と「自己」──
竹村牧男 一〜三二頁
ヘーゲル論理学の成立過程
──ニュンルベルク・ギムナジウム哲学予備学の展開──
竹村喜一郎 三三〜六八頁
ディープ・エコロジー派によるスピノザ解釈の再検討
──環境倫理学における《自然》の問題──
浅野俊哉 六九〜八九頁
エコロジーからエコゾフィーへ 小谷晴勇 九一〜一〇三頁
ボルトキェヴィッチの仕掛けた罠
──転形問題論争史論(1)──
藤田晋吾 pp. 1-25

第22号 平成8年度(1996年度)

「即非の論理」の宗教哲学
──大拙と寸心の魂の交流をめぐって
竹村牧男 一〜二八頁
仏教の民間受容と「互酬性の倫理」
──『日本霊異記』を題材として(下)──
池上良正 二九〜五二頁
言葉の折りと行為の祈り 棚次正和 五三〜七四頁
スキゾ・アナリーズとは何か? 小谷晴勇 七五〜一〇〇頁
スピノザの国家論における倫理と政治 浅野俊哉 一〇一〜一二〇頁
Zur Gültigkeit des Statzes vom Widerspruch TAKEMURA Kiichirō pp. 19-35
The Buddhist Concept of an Omniscient Being ── History of the Sarvajña Study and Its Significance KAWASAKI Shinjō pp. 1-18

第21号 平成7年度(1995年度)

《神の国》の要塞と世俗国家の《ガレッリア》 野田茂徳 一〜四〇頁
「思考のイマージュ」から「イマージュなき思考」へ
──ドゥルーズ=ガタリの誕生(二)──
小谷晴勇 四一〜六一頁
シェリングの自由論における神と人間
──『人間的自由の本質』と『シュトゥットガルト私講義』──
高尾由子 六三〜八五頁
林羅山の老子観 大野出 八七〜一四〇頁
仏教論理学派の一系譜──プラジュニャーカラグプタとその後継者たち── 小野基 一四二〜一六二頁
L’idee, l’image, l’intuition chez Descartes. Pour une étude de la représentation dans la philosophie moderne en Occident TANIGAWA Takako 一六四〜一七〇頁

第20号 平成6年度(1994年度)

ヘーゲルと近代的自由──歴史哲学講義を中心として── 水野建雄 一〜一六頁
論理学は科学にあらず──反科学者ウィトゲンシュタイン── 藤田晋吾 一七〜四九頁
癒しと霊体験──現代アメリカのキリスト教神癒論を題材として── 池上良正 五一〜七六頁
解釈における創造と発見──エリアーデとリクール── 棚次正和 七七〜一〇〇頁
アナムネーシスとしての哲学──中期シェリングの想起説── 高尾由子 一〇一〜一一五頁
ドゥルーズ=ガタリの誕生──表層から多様性へ── 小谷晴勇 一一七〜一三四頁
L’écriture et le sujet au Japon Takako TANIGAWA 一三六〜一四八頁

第19号 平成5年度(1993年度)

ハイデガーによるキルケゴール思想の受容──ドイツ今世紀初頭におけるキルケゴール思想の影響・受容の局面(6)── 河上正秀 一〜一八頁
宗教現象学の展開とその学問的な基本性格 棚次正和 一九〜四五頁
戴冠せるアナルシー──ドゥルーズ-ガタリの哲学にかんする試論 小谷晴勇 四七〜六四頁
シェリングにおける自然と知的直観 高尾由子 六五〜八三頁
〔翻訳〕
アレクサンドリアのフィロン
  『世界の創造』──モーセによる「世界創造」について(第五章三六節-第九章八八節)──
野町啓・
田子多津子
八五〜一〇四頁

第18号 平成4年度(1992年度)

ハイデガーによるキルケゴール思想の受容
──ドイツ今世紀初頭におけるキルケゴール思想の影響・受容の局面(4)──
河上正秀 一〜一八頁
『音楽社会学』ノート──音律理論の形成についての予備的考察── 堀池信夫 一九〜四〇頁
デカルトと言語──二元論、普遍言語、ライプニッツ(下) 谷川多佳子 四一〜五五頁
キリスト教聖霊運動における理論化の一事例──モートン・ケルシーの所論をめぐって── 池上良正 五七〜八六頁
ベルクソンの神秘主義理解について 棚次正和 八七〜一〇九頁
〈ライト〉の思想と自由の問題 笹澤豊 一一一〜一三二頁
物理主義と感覚質 信原幸弘 一三三〜一五二頁
研究ノート──プロティノスにおける「われわれ」(ημεις)の意味するもの── 田子多津子 一五三〜一六三頁
Der ontologische Gesichtspunkt der Hegelschen Urteilslehre Kiichirō TAKEMURA 一六六〜一八二頁

第17号 平成3年度(1991年度)

チョンシー・ライトについて──プラグマティズムとダーウィニズム再考── 嶋田厚 一〜一一頁
ディルタイの心的現象論──「ブレスラウ草稿」をめぐって── 水野建雄 一三〜二九頁
デカルトと言語──二元論、普遍言語、ライプニッツ(上) 谷川多佳子 三一〜四六頁
『成唯識論』の伝える安慧の三性説について 竹村牧男 四七〜七一頁
プロティノスの思想の基本構造──その探究の試み(1)──〈αναβαινειν 田子多津子 七三〜九四頁
啓蒙のパラドックスと道徳
──ホルクハイマー/アドルノ『啓蒙の弁証法』におけるカント批判をめぐって──
木村勝彦 九五〜一一八頁
Chang Tsai(張載)and the Lankavatara(入楞伽経) Carl B. Becker 一一九〜一三二頁
DIE ONTOLOGISCHE PHASE DER STRUKTURONTOLOGIE
Zu Rombachs Auffassung von Zusammenhang der Struktur und Relationalität
Kiichiro TAKEMURA 一三三〜一五四頁

第16号 平成2年度(1990年度)

論理学は超物理学か(三)──ゲーデルの定理について── 藤田晋吾 一〜二九頁
Т・W・アドルノのキルケゴール論
──ドイツ今世紀初頭におけるキルケゴール思想の影響・受容の局面(3)
河上正秀 三一〜五一頁
イエナ論理学──形而上学におけるヘーゲルの〈関係〉概念 竹村喜一郎 五三〜七三頁
プロティノスにおける必然と自由意志──「魂の降下」の問題をめぐって── 田子多津子 七五〜九二頁
K・ヤスパースの世界史構想の成立 松丸啓子 九三〜一一一頁
Esquisse des fondements de la mentalité japonaise et la question du sujet Takako TANIGAWA 一一三〜一二〇頁
A Brief Presentation of Modern Greek Philosophy Andreas G. KATSOURIS 一二一〜一三二頁

第15号 平成1年度(1989年度)

柳生新陰流兵法伝書の思想体系(第一部)──「第一伝書」の解読と心法論── 高橋進 一〜五〇頁
ディドロの中国思想解釈について 堀池信夫 五一〜八一頁
ティンダルの科学活動におけるモデルとアナロジーの意義 杉山滋郎 八三〜一〇九頁
デカルトの身体的記憶と想像力 谷川多佳子 一一一〜一三六頁
T・W・アドルノのキルケゴール論
──ドイツ今世紀初頭におけるキルケゴール思想の影響・受容の局面(2)──
河上正秀 一三七〜一五三頁
弥勒論書の三性説──識の相分等との関連において── 竹村牧男 一五五〜一八八頁
カント自由論の研究序説──物自体概念をめぐって── 木村勝彦 一八九〜二〇九頁
〔特別寄稿〕
「天安門」前後
嶋田厚 二一一〜二一八頁

第14号 昭和63年度(1988年度)

解釈学的経験と弁証法──ガーダマーのヘーゲル批判をめぐって── 水野建雄 一〜一三頁
ラスクにおける認識の理念 竹村喜一郎 一五〜三四頁
仮設と識転変について 竹村牧男 三五〜五七頁
デカルトと精神分析──出発点の諸問題── 谷川多佳子 五九〜八八頁
ニーチェの自由論 笹澤豊 八九〜一〇六頁
『易伝』の道徳論における占筮の位置 佐藤貢悦 一〇七〜一二六頁

第13号 昭和62年度(1987年度)

ヘムスターホイスについて(特にスピノザとの関連において) 工藤喜作 一〜二〇頁
ハイデガーにおける技術と近代形而上学──実践の意義をめぐって── 河上正秀 二一〜三四頁
ニーチェの心理学 笹澤豊 三五〜四九頁
経験と知識──現代経験論におけるその諸相── 竹村喜一郎 五一〜六八頁
Wディルタイにおける「方法」の問題 序説(一) 森本司 六九〜八一頁
The Mīmāṃsā Chapter of Bhavya’s Madhyamaka-hṛdaya-kārikā
── Sanskrit and Tibetan Texts ── (3)
Shinjō KAWASAKI pp. 1-42

第12号 昭和61年度(1986年度)

清末における宋儒学風の再興 別府淳夫 一〜一八頁
ヘーゲル『法哲学』の生成と理念(序)──イルティング・テーゼとその批判── 水野建雄 一九〜三九頁
ニーチェにおける人間と真理 笹澤豊 四一〜五二頁
十九世紀後半におけるJ・R・マイヤーの再評価──T・グロスの場合── 杉山滋郎 五三〜六六頁
退渓学における敬の哲学の淵源について──易的論理との関係をめぐって── 佐藤貢悦 六七〜七八頁
The Mīmāṃsā Chapter of Bhavya’s Madhyamaka-hṛdaya-kārikā
── Sanskrit and Tibetan Texts ── (2) Uttara-pakṣa
Shinjō KAWASAKI pp. 1-23

第11号 昭和60年度(1985年度)

自然から社会へ (ホッブズとスピノザ) 工藤喜作 一〜一八頁
ディルタイにおける歴史的理性批判の構想(三)──ガーダマーのディルタイ批判をめぐって── 水野建雄 一九〜三三頁
ヘーゲル自我論の方位 竹村喜一郎 三五〜五六頁
高度情報ネットワーク社会論の文明史的意義 上笹恒 pp. 27-61
バヴィヤ造『中観心論』・『思択炎』第九章・第十章研究──一切智思想の展開に関連して── 川崎信定 pp. 1-26

第10号 昭和59年度(1984年度)

ロシアに於ける国家理性と政治的リゴリズムの伝統 野田茂徳 一〜一三頁
嵇康と兼好──中国と日本の隠逸── 堀池信夫 一五〜三七頁
初期ヘーゲルの思想的境位 竹村喜一郎 三九〜六一頁
カントの自由論とヘーゲルの思惟 笹澤豊 六三〜八七頁
王弼の道徳論 内村嘉秀 八九〜一一二頁
語義域分析と聖書釈義──聖書文献へのコンピューター利用によせて── 伊藤利行 pp. 15-24
Philosophical Theories of Metaphor Peter Lamarque pp. 1-13

第9号 昭和58年度(1983年度)

連合場としての宇宙 永井博 一〜三〇頁
権近思想の歴史的意義について 高橋進 三一〜四八頁
康有為学と荀子(一) 別府淳夫 四九〜六七頁
ディルタイにおける歴史的理性批判の構想(二)
──歴史内在主義のアポリア──
水野建雄 六九〜八三頁
大衍小記
──王弼の易解釈一斑──
堀池信夫 八五〜九七頁
ヘーゲル論理学における<否定>の原理 竹村喜一郎 九九〜一二三頁
シロ・ヘクサプラとヘクサプラ研究
──ヘクサプラ研究 2──
伊藤利行 pp. 1-17

第8号 昭和57年度(1982年度)

李退渓の人間観(第一部) 高橋進 一〜二五頁
『中国自然神学論』研究
──ライプニッツと中国思想──
堀池信夫 二七〜六五頁
一九二一年・クロンシュタット叛乱の現代史に於ける思想的水位 野田茂徳 六七〜一一二頁
ギリシア語聖書の研究〜その構想 伊藤利行 pp. 15-28
Zur Triade der Parodos in ››Agamemnon‹‹ von Aischylos Seizo TSUJIMURA pp. 1-13

第7号 昭和56年度(1981年度)

深層心理の現象学ノート(1) 湯浅泰雄 一〜四五頁
ソクラテスのパラドックス
──アリストテレスによる批判をめぐって──
池田美恵 四七〜六五頁
ポール=ロワイヤルの「小さな学校」とジェズイット学院
──パスカルとポール=ロワイヤル(三)──
飯塚勝久 六七〜九二頁
ディルタイにおける歴史的理性批判の構想(一)
──ヘーゲル哲学批判を中心として──
水野建雄 九三〜一〇八頁
思想の流儀について 野田茂徳 pp. 1-20

第6号 昭和55年度(1980年度)

比較思想への序章 三枝充悳 一〜一五頁
Physica と mechanica
──ヘーゲル『惑星軌道論』におけるひとつの問題──
中埜肇 一七〜二六頁
ジャンセニスムにおける「伝統」と「革新」
──パスカルとポール=ロワイヤル(二)──
飯塚勝久 二七〜四二頁
明治以降の親鸞像の再検討
──森三樹三郎氏の自然法爾解釈への批判を媒介として──
木全徳雄 四三〜五九頁
日本の家族の百年
──理念と現実──
嶋田厚 六一〜八三頁
民俗宗教の構造的変動と新宗教
──赤沢文治と石鎚講──
島薗進 八五〜一〇二頁
嵇康『声無哀楽論』考
──音楽論の立場から──
堀池信夫 一〇三〜一一三頁

第5号 昭和54年度(1979年度)

厳翼・王堂プラグマティズム論争考 山田英世 一〜二一頁
プラトンの法理論
──マグネシアの国・その二──
池田美恵 二三〜四一頁
プラトンの宇宙の時間性と空間性 (三) 矢内光一 四三〜五六頁
カントとヘルダー
──美と摂理をめぐる論争──
村上隆夫 五七〜九一頁
神仙の復活 堀池信夫 九三〜一三一頁
李栗谷における理気論の特質とその思想史的位置 松田弘 一三三〜一六五頁
金神・厄年・精霊
──赤沢文治の宗教的孤独の生成──
島薗進 一六七〜一九四頁
On Comparing Buddhism and Christianity マイケル・パイ pp. 1-25

第4号 昭和53年度(1978年度)

伝統と再新
    歴史哲学の一テーゼ
大島康正 一〜一五頁
無意識の実在性
──『人間と世界』への一章──
永井博 一七〜四三頁
ヘルダーとカントにおける啓蒙主義と絶対主義 村上隆夫 四五〜六七頁
プラトンの宇宙の時間性と空間性 (二) 矢内光一 六九〜七八頁
王弼考 堀池信夫 七九〜一〇〇頁
金光教学と人間教祖論
──金光教の発生序説──
島薗進 一〇一〜一二八頁

第3号 昭和52年度(1977年度)

イメージについて 嶋田厚 一〜一二頁
一遍の宗教の歴史的性格 (二)
──鎌倉旧仏教の神祗観との対比──
広神清 一三〜三四頁
「荘子」の思想的特質
──外篇を中心として──
松田弘 三五〜六九頁
宇宙的思惟から内的思弁へ 堀池信夫 七一〜一〇一頁
プラトンの宇宙の時間性と空間性 (一) 矢内光一 一〇三〜一一六頁
疑いと信仰の間
──中山みきの救けの信仰の起源──
島薗進 一一七〜一四五頁

第2号 昭和51年度(1976年度)

デューイ歴史理論に関する若干の問題 山田英世 一〜一七頁
マグネシアの国──(その一) 池田美恵 一九〜三八頁
パスカルとポール=ロワイヤル (一) 飯塚勝久 三九〜五九頁
一遍の宗教の歴史的性格 (一)
──神道及び禅宗との関連──
広神清 六一〜八六頁
The Mīmāṃsā Chapter of Bhavya’s Madhyamaka-hṛdaya-kārikā
── Text and Translation ──
川崎信定 pp. 1-19

第1号 昭和50年度(1975年度)

意識の問題
──『人間と世界』への予備的考察──
永井博 一〜二三頁
封建倫理と家産制倫理
──孔門下の二つの可能性──
木全徳雄 二五〜五二頁
比較思想論余論 三枝充悳 五三〜六一頁
荀子における儒家的理念と天の思想的位置 松田弘 六三〜九一頁
裴頠「崇有論」考 堀池信夫 九三〜一〇八頁
中体西用論と康有為学 別府淳夫 一〇九〜一二七頁
朱・王両思想の比較論的研究(第四部) 高橋進 一二九〜一四八頁
The Concept of the Subtle Body (liṅga-śarīra) in Brahmanism 川崎信定 pp. 1-14
個体(I)
──アリストテレスとトマス──
野町啓 pp. 15-32
心理物理的法則としてのベキ関数の検討 上笹恒 pp. 33-56